2017/06/13

七転び八起きばっかりだよ!

すこし前に友達の一人が、自分がチャレンジしたことについて「今出せる最高のものは出せた」「後悔しないように行動できたことは財産だ」と話してくれて、それって本当にすごいなって、自分のしてきたことに自信をもてて、「後悔が無い」って言いきれるってどんな感じなのか、自分には全く想像がつかなくて、ただただ感心した。ほんとにその子が目標に向けて努力したことは全力だったんだなあって。



正直、私は後悔することってたくさんある。

自分あの時手を抜いたよな…とか、あの時粘ってれば…とか、人の目や人の言葉をおそれて意思を貫けなかったな、とか、周りに頼る事が下手くそだったな、とか。その上、目標を達成できなかったくせに「これでよかったんだよ」なんて、無理やり納得したふりしてカッコつけたな~、とか。そういうすごいダサい自分が恥ずかしい現実。勿論そういう気付きも含めて結局は無駄な事なんて無いのかもしれない。けど、何かにチャレンジする時は決まって周りに迷惑かけたりもしたし、だから自分でそんなフォローはしたくない。私の場合は、後悔することがあるんだからしっかり後悔しなきゃと思う。

私が最近はまっているきゅうりのっけパンです。


色々チャレンジと失敗繰り返してきて、問題はいつだって後悔した後の姿勢なんだと気づくようになった。(おそい)後悔したままくたばるのか、前に進もうとするかが常に問われる。あとは、ちゃんとごめんなさいを言えるかどうかも鍵になって来るってこととか。そんなの当たり前なんだけど。くたばって気力なくしちゃってる状態に浸ってしまう場合ってあるし、間違えたり失敗したときにごめんなさいを言えないと進めない事って絶対ある。訓練だと思う。後悔にならないように一つ一つのときに丁寧に判断していけるようになろう。


いちいち後悔してカッコ悪い自分、それでも理想を諦められなくてもがいてるダサい自分を、私はまだ続けてしまいそうだし、自分なりの最高のパフォーマンスでやれたとか後悔はないとか言える時が来るかはわかんないけど、何度転んで後悔しても諦めの悪さと信じる気持ちによって走り続けるしか、たぶんできない。


人の優しさに助けられてる。たくさん。けど「親しき仲にも礼儀あり」って、心に留めておきたい。ちゃんと心遣いに対して自分も形にして返すこと。甘んじてはいけないこと。



とりあえず、今私がチャレンジしてることは絵を描いたり物作りをし続ける事と、レンタルカフェを使った人の居場所づくり。これをどんな風に形にしていけるか、続けていけるか…七転び八起きしながらも進めていきたいと思います。



初めてだからドキドキ…




2017/06/10

【告知】7月15日1Dayカフェ開催のお知らせ

久々のお知らせです。

この度、場所をお借りして、念願のカフェを開くことになりました。
お店の名前はEsse(エッセ)。

7月15日(土)池袋グレイスカフェにて 




詳細
 



2017/05/15

資格を取ってきました。


先日、朝早くから満員電車で押しつぶされて涙目になりながら、都内某所で開催される食品衛生責任者の講習会に行ってきた。


会場の受講者は200人くらい。


といっても、一日講習を受ければ取れる資格なんだけど。それでも欲しいなと思ってから5年くらい取りに行けずにいたの。なので念願の資格。

実は今年に入って色々と今後の事を考える中で一つ 「まずは月1でカフェを開く!」 というチャレンジを決めたので、それに伴ってね。今までも飲食業は色々経験してきたのである程度の知識も経験もあるけれど、より安全に誠実にお客様にお仕えするには、やっぱりこの資格は持っていたいよね!という思いがあり、取得に至りました。タイミング。


講習は9:30~16:30で長かったけど、教科書網羅するのには時間が足りないからとの事で、講師の方は主要な事をメインに説明して下さってたから、そんなに内容は多くなかったし、試験も難しくなかった。自分で後から勉強し続ける事と定期的に保健所の講習会に参加するのが大事だなあと思った。だってあの講義だけじゃ絶対内容足りないもん…。


さあ、でも一応これで私は場所さえあればカフェが開けるし、レンタルカフェやレンタルキッチンでイベントをする際に管理者が居なくても自分で衛生に関することの判断ができるのだ。

イエエエエエエイ!!!!!


手帳ゲット!


そんなわけで最近は主にカフェの準備をしたり、いつも通り絵を描いています。
絵はカフェでも展示します。小さいサイズのを少し。

ツイッターではちょっとお知らせしたけれど、近々ちゃんと告知する…!





これは母からもらった可愛らしい英国菓子の本。著者はあの紅茶のカレルチャペックの山田詩子さんです。夜寝る前にこういう本を眺めながらいろんなイメージを膨らませたりしています。






2017/05/01

30回目の誕生日を迎えて。

4月30日、ついに30歳になった。

節目の30歳を迎えるにあたって、最近は今後の事を考えたり、過去10年20年の出来事をあれこれ振り返ったりしていた。





実は、私の10代はあまり明るくなかった。



親の転勤で2度の転校。実家での家庭の不和とか暴力もあった。それは9歳から20代前半まで続いた。いじめのある学校生活も経験した。そこからのストレスによる抜毛症などの病も発症し、家族以外には隠しながら実はそれはずいぶんと長く続いた。

これはとても恵まれていたと思うけど、中学からは親元を離れ自ら望んで東京の学校へ進学させてもらった。しかし予想外の厳しい学生生活、友達は居てもなんとなくいつも虚しく、自分の居場所はどこにもないと感じる日々、自分が嫌いだった。


今から10年前、20代の始まりもなかなかつらいものだった。


希望した大学で新生活を始めるも、親子関係は過去最悪の状態にあった。ストーキングにも遭って、それとは別でパワーハラスメントにも偉い立場の教授からセクシャルハラスメントにも遭った。心の支えだった場所がトラウマの場所になった。今なら「投げ出して逃げる」という選択肢を考えられるし選ぶこともできる。けれど当時の私には全て自分で背負って乗り越えるという一択しか考えられなかったし、SOSを出すことで連鎖的に起こるであろう事を予想するとそれは恐ろしくてできなかった。

そのうちに、気付けば私は原因不明で突然倒れ運ばれることが増え、最終的にはパニック障害の診断を受けるに至った。過度のストレスで心身に限界が来ていたのだと思う。その頃にはほとんどまともに授業に出られないほどになっていたし、一人で電車に乗ることもできなくなった。自分がどこにいるのかわからなくなるような感覚になってパニックを起こす事もあった。しかし友人の助けもあって何とか大学はストレートで卒業し、22歳で結婚した。就職は、できなかった。

「朝なんか来なければいい」と、毎晩思っていた時期が長くあった。私が居なくなったって誰も困らないし、むしろ生きているだけで害なのでは…としか考えられなかった日々が続いた。教育学や心理学の授業に取り組むほど自己評価が下がり、「愛されている実感が無い者が人を愛する事なんてできないのではないか…」そう思うと涙が沢山こぼれた。



希望をもって結婚したけ、実は初めの数年は結婚生活もなかなかうまくいかなかった。電車に乗ることも難しいままだったし…。それまでの人生で受けた傷が完全に癒されていなかったので、その傷が膿んで爆発した。そしていつしかお互いを傷つけあうようになった。お互いが大切なのに、愛しているのに、壊れていく。医者からはストレスと傷を受けた年数と同じだけ休めばまた元気になれると言われた。そんなの一体何年かかるのだろう…と思った。ふとした時に涙が出てくる。仕事も持てず、いったい私は何をしているんだろうと思うとむなしかった。

望んでこんな状態になったわけじゃない。だけど全部が自分のせいにも感じる。結局は境遇のせいなのか、それは抜け出すことのできないループのように思えて、死んでしまいたいと思うことが何度もあった。辛くてどうしようもない、外側から見れば希望が無く、死に向かっていくようにしか思えないのではないかなとおもう。自分でもそう思っていたから。



けれど今、私は毎日を自分らしく、喜びの内に生きている。

つまりこれまでの人生のすべての出来事すべてを受け止めて、感謝していて、それはもう目の前に問題はいつもいつもあるけど、過去から引きずってきたものは全てもう手放し、心に重荷はない。そんな状態。


誰にどんな評価を受けようと、身体に痛みや不自由があろうと、関係なく、軽やかな気持ちで生きている。こんなにも、心から自由にありのままで居られるようになった。


希望が持てなくて、愛を感じる事が出来ないような時が
全てがむなしく感じる日々が、傷つき倒れて立ち上がれないような事が、
誰にでも訪れる可能性はあるし、
人生は試練や困難の連続だけれど


人は、ゆるすことができるし、感情はコントロールできる。
涙で枕を濡らしても、必ず希望をもって立ち上がり、
感謝をもって朝を迎え、今日を歩いていくようになれる。
そしていつか全ての事が、自分の為に益であったと、言い切ることができる。

ただし、それは努力や頑張りによって成し遂げた結果ではない。
運とかそういうことでもない。


では何によって、か





それは、何も誰も自分さえも心から信じられなかった15歳の時に、「神は愛である」という聖書を信じて、キリストの事を知ってこの人は信じられる、ついていきたいと思ったこと。そしてそれからというもの、どんな最悪のときにも信じる事をやめずに、祈り続けて来た結果だとここに告白したい。



境遇を恨み、明るく生きていく事なんて私にはできないだろうと本気で思っていた時も、病に打ちのめされていた時も、自己嫌悪に陥っていた時も、何もかもが上手くいかないと自暴自棄になっていた時も…

私の枯れそうなこころは、枯れる事のない湧き水の在り処を知っていた。

そしてどんなときにも、たったひとつ消えない光があった。



それによって、死んでいたような私が、変えられて今、節目の30歳を迎えた。


…今まではあまり、こういう話はしないようにしていた。ただでさえ変わっているとみられがちなのに、人にどう思われるかと思うと、嫌われるのが怖かったからだ。だから、比喩だったり曖昧な言葉で表現したり、作品にして表現する事程度にとどめていたところがある。


けれど、昨年11月に腫瘍が見つかった際(悪性にはなっていなかったので心配無いのだけど)地獄のような痛みを経験して、その時に人生で初めて本気で「死ぬのかもしれない」と感じた時、ああ、私は周りの大切な人たちに、伝えたいことのうちの一握りも伝えられていなかったなあ、悔しいなあとただただその事だけを強く感じた。それ以降、もう、自分がどう思われるかとか、そんなことは後回しにしてでも、私の持っている「無くならない希望」について、人生の「敵」との戦い方について、いのちが続く限り、臆せずに愛する人たちに伝えたい。私には誇れるものは何もないし人にあげられるようなものも何もないけれど、唯一の宝物がそれなので、独り占めしたくない。人生で迷ったり、目的や希望を見失っていたり、信じられるものを探している人の、選択肢の一つになればいいと思う。自分論とか正義()を振りかざすつもりはないし、これはビジネスじゃないから。「キリスト教」を勧めてるってことじゃあない。もっとずっとシンプルな事。





最近本を読んでいてこんな一節に出会った。

「プレゼント(present)という言葉の語源は。ラテン語のesse(= to be)にある。つまりプレゼントとは「生きている」ことであって、存在(presence)そのものが贈与であるということ。なにをくれるとか、してくれたということ以前に、双方が互いに「いる」状態を更新すること。より「いる」ようになることが、贈り物の本質的な役割なのだと思う。」(西村佳哲 著「自分をいかして生きる」より)

これは私の信じているものと完全に一致する真理だ。
そして誕生日を迎えて改めて、誰でもただその存在が、プレゼントである事を想った。


私はこのいのちを与えられて、同時に私の存在がプレゼントとして誰かの為に「在る」ことを今、嬉しく思う。こんな日が来るなんて、10年前、20年前は想像もできなかった。だから、私は、自分をちっぽけに悲しくおもうすべての人へ、あなたの存在がプレゼントだということを伝える為に、これからの人生を生きていく事と、誰かがなんとなく落ち着ける居場所を作る、という事が今後私の一番大切な仕事だと、そう思ってる。




********************


あらゆるときを越えて来た愛する両親と妹、最愛のパートナーくま氏、人生の先生や先輩方、大好きなお友達のみんな、私の作品や活動を見守って楽しみにしてくれている人、今まで出会ってきたすべての人たちが私にとってのプレゼントで、かけがえのない存在。


ほんとにありがとう。


これからどんなことがあっても、歳を重ねるたびに
もっともっと自由になってゆく私を、見ていてください。

shalom!ののこより。






「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」

(聖書ローマ8:28、12:15より)












2017/04/01

涼しい風が吹いて
「ハロー」
抱きしめた
信じたいのなら
たいせつはいつだって
シンプルだ
歌って 踊って 祈って 眠る
ゆるされる
愛し合う
心贈る
日々は巡る

海のように
花のように
風のように
陽だまりのように

 ゆれて
なびく
儚くも力強く
にっこり笑って
『 SHALOM! 』

僕と私とすべての君へ。

2017/03/09

ちょっとした撮影ラッシュ。



最近はちょっとした撮影ラッシュでした。

まずは、

maayaにモデルをお願いした、私の気まぐれハンドメイドブランド「SHALOM!」の商品撮影。



写真はHPのSHALOM!ページで観られます。
商品の販売は主にBASEで。

うれしくも、発売から数日で既にsold outしたものもいくつか…
なので、人気のものを再販することにしました。
3月13日月曜日の予定です。

よかったらぜひチェックしてみてください!





そして、久々のボディーペイントのお仕事。


シンガーソングライターの里穂ちゃんの撮影でした。
(まだ詳細はナイショとのことなので詳しくは書けないのですが!)



カメラはお世話になっているフォトグラファーの杉本晴さんだったので
久々にお会いできてうれしかった!
撮影後、みんなでランチもしました♡

オープンサンド!



ごはん大事~~☆


maayaを撮影した日も…




前日にいなりの皮をたくさん煮て、



いなり寿司と手巻き寿司を作ったのでした♪



個人的に、何かおいしいものを食べている人を見てるのが大好きなので
無理言って撮らせてもらいました笑

う~ん!いい表情!♡

maayaはほんとに食レポが上手くて無限の才能を感じる…
ほんっとに詳細に魅力的に言葉にするセンスに驚く。
今度から動画に撮ろうと思います!笑



おっと、ついご飯の話ばっかりに。



そして3つ目の撮影は






いや、自分か~い。


そうです…

プロフィール画像撮りをしました笑



ずっと使っていた写真があったのですが、気付けばもう5年くらいも前の写真。
来月30歳にもなるし、さすがにちょっと…というのと、

エプロンを昨年「はるかきみへ」のものにしてから写真を撮ってなかったので、

思い切って撮り直し。


自撮りで!笑


自撮りっぽくないようにしたかったんだけど
どうだろう…これが自分で撮る限界だった…
三脚とカメラで撮ろうかと思ったけど(前回はそうした)
今回は自撮り棒を手に入れたのでそれで。


…自撮り棒もって撮ってるんだよこれ!
その状況が面白くて一人で笑っちゃった。



私、写真を撮られるのはほんとに苦手で、
カメラマンさん泣かせだし自分も泣きたい感じになるから
プロフィール写真はできる限り自分で何とかしたいと思っている次第。



まあ、しばらくはこれでなんとか!



口直しに





最近、お土産でもらってからお気に入りの

コンビニスイーツ。
その名も「しろもこ」!

見た目は真っ白なシュークリームだけど、
レアレアチーズケーキ!みたいなかんじです。

まろやか!

何より、名前が可愛すぎるよね…

セブンイレブンさんです。

レアチーズケーキが好きな方は気に入るかも?


(結局食べ物の話で締めくくる…)





shalom!良い夜を♡

















2017/03/07

バイバイ、アーティストシンドローム。


私が色々と作品を作ったり発表したりの活動をするようになってから7年くらい経つと思うのだけど、この数年ですごく感じたのは、若手女子アーティストの地下アイドル化、みたいなことだ。

私も若手女子アーティスト(?)のはしくれなので、そういう風潮にへんな違和感を感じたりする。アートを使って何かを訴えたり反抗しているようでも結局は世に消費される「カワイイ」を自ら選んで死んでいくような、そういうものがよく目に入ってくる。

人気のために、自己プロデュースとファンサービスを毎日がんばって、あげくギャラリーストーカーに悩まされて、理不尽な仕事とかノーギャラの依頼も笑顔で受けないと「売れない」「生きてけない」みたいな世界ってなんだろう…?ってよく思っていた。消耗して、消費される。いろんなクリエイターやアーティストの女の子の悩みを聞いたし、姿を見ていたし、自分自身にも悩みは大体いつもあった。

私が一番悩んだ時は5年ほど前だったと思う。当時様々な女の子達を写した写真作品をメインに活動していた私に、「売れる為にはこうすべき!」とか、「自分の世界観とかコンセプトを殺して、世間が喜ぶようなもうすこし性的なイメージを押し出した作品にしたほうがいい」とか、そういう所謂「賢い戦略」みたいなことを脅しみたいに押し付けてくる人がいた。人間の身体は美しいと思うけれど、もしも作品にそれを打ち出すとしてもそういう目的で利用したく無いというのが私の気持ちだった。

「まずは生活の為に、稼ぐためにやれることは何でもやるべきだ」「写真撮影に協力してくれてるモデルの女の子達にだって君が売れないと恩返しできないよ」って、「甘えてるだけだろう」って、散々言われたけど、どうも納得できなかった。その時はほんとうに辛かった。

実際、私の作品や名前が売れる事で自分のメリットを期待してるモデルの子ももしかしたら居たかも知れないけど、そうだとしても、やっぱり、私の世界観とか理想とか、想いに共感して作品作りに協力したいって、そう思ってくれた人達のこと信じてたから、そういう気持ちを一番大事にしたかった。その感覚、勘違いじゃないって思ったんだ。「売れないと続けられない」というジレンマは自分自身にも染み込んでたから、正直、迷いも多少はあったけど、「売れる」為に作品を作ってるんじゃないからと、その時自分の気持ちに真っ直ぐな選択ができて、ほんとうによかったと今思い返しても思う。もし流されて自分らしくないものを作ってしまったら、人の目には見えないとしても、傷になったと思うし、自分の方向性を見失ったかもしれない。それって、私についてきてくれた人や作品を真剣に観てくれて、気に入って買ってくれる人に対してもほんと失礼だ。それに、プライドもなく自分の気持ちもこもって無い物を作り出したところで、私はそれを、自分の作品だと思えないなって思ったから。

私にアドバイスをしてきた人は当時作品の撮影を依頼していたカメラマンで、かなり年上だったんだけど、その人はきっといろんな経験の中で培ってきた成功論を、純粋に私に伝授してあげようという親切心もあったとは思う。でも最終的には私がその人の思い通りにならない事で暴言を浴びせられたり耐えられない事があったので、私はその時企画を考えていたアイディアをその人に手放して決別させてもらった。そもそもその人には一時的に依頼しただけのつもりだったのだけど、その人は一緒にその企画でビジネスをしたかったようだった。そこにかなり思い違いがあった。自分がやりたくない方向性で作品を作らずにすんだのはよかったけれど、自分のアイディアを利用されるのがあんなにかなしいとは…。今の私だったら絶対にそうはならないと思うけど、あの時の私は今よりもっと経験が無くて自分の身を守るのに精一杯だった。


そんな過去もあって、ここ2年くらいはゆっくり色々考えた。

求められてるものと、自分がやりたいことをうまく折り合いつけてバランスとって、ちゃんと食べていける人はいるし、そうなれるのが一番いい事のようにも思えるし、よく言われる。だけど、私は絵とかテーマ写真とかそういうコンセプトがあって作る物についてはこだわりを曲げたりとかがどうしてもできない。だから、私は私の人生の選択として、そういう自分に合った生活と創作のスタイルを見つければいいと思った。

私にとって表現はいつもメッセージを伝える事を目的としている。だからビジネス的に誰かの需要に合わせるという事をした瞬間、その目的は達成できなくなってしまう。何故なら、作品にはいつもそこにメッセージがあって、私はそれを曲げたりなくすことができないから。だから自分発信の絵とか写真についてはそれで食べていく事を目的にはしないと、割り切って捉えることにした。

「作品で稼がないといけない」、「稼がないと一人前のアーティストではない」という囚われの思考とは、さよならした。かなりシンプルな頭になった。握りしめていたもの(常識と思い込んでいた事とか縛り)を手放すと自由になる。ほんとうに大切にしたいことって、そう多くはなかった。たぶん、自分を一番縛っていたのは、囚われた自分自身の思考回路だったんだと思う。



いまの私が大切にしたいことは


・家庭生活がいつも心地よいように管理し、どんな時でも大事な人たちとの時間を惜しみなく作る余裕があること

・世の価値観に囚われず自由な心で、絵などの制作活動(お仕事含め)によって、無限にもらっている愛を返してゆくこと

・ハンドメイドのアイテム販売やイベントで創作活動費を作り、一部を世界の貧困や紛争地域で傷ついている人達に寄付すること


こんな感じ。


私は絵をかいたりもの作りをしているけど、芸術のことってよくわからないし、そういう世界(ファッションや美容やアート、芸能含む)の良い悪いの判断って信用してない。売れてるものや評判がいい物が必ずしもほんとうに素晴らしいものとは限らないし、自分の感覚で好きか、嫌いか、というのはあるけれど…それ以上の事ってわからないなぁって思ってる。


なんかもやもやする時、それに気付いたら、その感覚をなかったことにしない方がいいかもしれない。自分を不自由にしているものを見極める事はすごく大事で、それをどんどん削ぎ落してさよならするのを怖がらない事が、平安な気持ちの鍵のように思う。二度目になるけど、「ほんとうに大切にしたいことって、そう多くはない。」よ。


人生は選択の連続だから、迷うこともたくさんあるけど、なんかもやもやする時は時間をかけてでも向き合って、方向転換が必要な時は勇気をもって向きを変え、また歩き出したい。


「人はうわべを見るが、主は心を見る。」という聖書の言葉がある。(第一サムエル記16:7) なので私は人の評価は気にしない。私が気にするのはすべてのものを創られた存在からの評価だけだ。


アーティストでいることさえも、手放すべき時が来たら手放そう。今はそう思える。私の価値は肩書じゃないし、アーティスト活動は手段であって目的ではないからだ。そして、メイドは「飾り」じゃないからね。私は死ぬまで主に仕え、主に仕えるように人に仕えるメイドで居たい。それが願いだ。