2017/05/15

資格を取ってきました。


先日、朝早くから満員電車で押しつぶされて涙目になりながら、都内某所で開催される食品衛生責任者の講習会に行ってきた。


会場の受講者は200人くらい。


といっても、一日講習を受ければ取れる資格なんだけど。それでも欲しいなと思ってから5年くらい取りに行けずにいたの。なので念願の資格。

実は今年に入って色々と今後の事を考える中で一つ 「まずは月1でカフェを開く!」 というチャレンジを決めたので、それに伴ってね。今までも飲食業は色々経験してきたのである程度の知識も経験もあるけれど、より安全に誠実にお客様にお仕えするには、やっぱりこの資格は持っていたいよね!という思いがあり、取得に至りました。タイミング。


講習は9:30~16:30で長かったけど、教科書網羅するのには時間が足りないからとの事で、講師の方は主要な事をメインに説明して下さってたから、そんなに内容は多くなかったし、試験も難しくなかった。自分で後から勉強し続ける事と定期的に保健所の講習会に参加するのが大事だなあと思った。だってあの講義だけじゃ絶対内容足りないもん…。


さあ、でも一応これで私は場所さえあればカフェが開けるし、レンタルカフェやレンタルキッチンでイベントをする際に管理者が居なくても自分で衛生に関することの判断ができるのだ。

イエエエエエエイ!!!!!


手帳ゲット!


そんなわけで最近は主にカフェの準備をしたり、いつも通り絵を描いています。
絵はカフェでも展示します。小さいサイズのを少し。

ツイッターではちょっとお知らせしたけれど、近々ちゃんと告知する…!





これは母からもらった可愛らしい英国菓子の本。著者はあの紅茶のカレルチャペックの山田詩子さんです。夜寝る前にこういう本を眺めながらいろんなイメージを膨らませたりしています。






2017/05/01

30回目の誕生日を迎えて。

4月30日、ついに30歳になった。

節目の30歳を迎えるにあたって、最近は今後の事を考えたり、過去10年20年の出来事をあれこれ振り返ったりしていた。





実は、私の10代はあまり明るくなかった。



親の転勤で2度の転校。実家での家庭の不和とか暴力もあった。それは9歳から20代前半まで続いた。いじめのある学校生活も経験した。そこからのストレスによる抜毛症などの病も発症し、家族以外には隠しながら実はそれはずいぶんと長く続いた。

これはとても恵まれていたと思うけど、中学からは親元を離れ自ら望んで東京の学校へ進学させてもらった。しかし予想外の厳しい学生生活、友達は居てもなんとなくいつも虚しく、自分の居場所はどこにもないと感じる日々、自分が嫌いだった。


今から10年前、20代の始まりもなかなかつらいものだった。


希望した大学で新生活を始めるも、親子関係は過去最悪の状態にあった。ストーキングにも遭って、それとは別でパワーハラスメントにも偉い立場の教授からセクシャルハラスメントにも遭った。心の支えだった場所がトラウマの場所になった。今なら「投げ出して逃げる」という選択肢を考えられるし選ぶこともできる。けれど当時の私には全て自分で背負って乗り越えるという一択しか考えられなかったし、SOSを出すことで連鎖的に起こるであろう事を予想するとそれは恐ろしくてできなかった。

そのうちに、気付けば私は原因不明で突然倒れ運ばれることが増え、最終的にはパニック障害の診断を受けるに至った。過度のストレスで心身に限界が来ていたのだと思う。その頃にはほとんどまともに授業に出られないほどになっていたし、一人で電車に乗ることもできなくなった。自分がどこにいるのかわからなくなるような感覚になってパニックを起こす事もあった。しかし友人の助けもあって何とか大学はストレートで卒業し、22歳で結婚した。就職は、できなかった。

「朝なんか来なければいい」と、毎晩思っていた時期が長くあった。私が居なくなったって誰も困らないし、むしろ生きているだけで害なのでは…としか考えられなかった日々が続いた。教育学や心理学の授業に取り組むほど自己評価が下がり、「愛されている実感が無い者が人を愛する事なんてできないのではないか…」そう思うと涙が沢山こぼれた。



希望をもって結婚したけ、実は初めの数年は結婚生活もなかなかうまくいかなかった。電車に乗ることも難しいままだったし…。それまでの人生で受けた傷が完全に癒されていなかったので、その傷が膿んで爆発した。そしていつしかお互いを傷つけあうようになった。お互いが大切なのに、愛しているのに、壊れていく。医者からはストレスと傷を受けた年数と同じだけ休めばまた元気になれると言われた。そんなの一体何年かかるのだろう…と思った。ふとした時に涙が出てくる。仕事も持てず、いったい私は何をしているんだろうと思うとむなしかった。

望んでこんな状態になったわけじゃない。だけど全部が自分のせいにも感じる。結局は境遇のせいなのか、それは抜け出すことのできないループのように思えて、死んでしまいたいと思うことが何度もあった。辛くてどうしようもない、外側から見れば希望が無く、死に向かっていくようにしか思えないのではないかなとおもう。自分でもそう思っていたから。



けれど今、私は毎日を自分らしく、喜びの内に生きている。

つまりこれまでの人生のすべての出来事すべてを受け止めて、感謝していて、それはもう目の前に問題はいつもいつもあるけど、過去から引きずってきたものは全てもう手放し、心に重荷はない。そんな状態。


誰にどんな評価を受けようと、身体に痛みや不自由があろうと、関係なく、軽やかな気持ちで生きている。こんなにも、心から自由にありのままで居られるようになった。


希望が持てなくて、愛を感じる事が出来ないような時が
全てがむなしく感じる日々が、傷つき倒れて立ち上がれないような事が、
誰にでも訪れる可能性はあるし、
人生は試練や困難の連続だけれど


人は、ゆるすことができるし、感情はコントロールできる。
涙で枕を濡らしても、必ず希望をもって立ち上がり、
感謝をもって朝を迎え、今日を歩いていくようになれる。
そしていつか全ての事が、自分の為に益であったと、言い切ることができる。

ただし、それは努力や頑張りによって成し遂げた結果ではない。
運とかそういうことでもない。


では何によって、か





それは、何も誰も自分さえも心から信じられなかった15歳の時に、「神は愛である」という聖書を信じて、キリストの事を知ってこの人は信じられる、ついていきたいと思ったこと。そしてそれからというもの、どんな最悪のときにも信じる事をやめずに、祈り続けて来た結果だとここに告白したい。



境遇を恨み、明るく生きていく事なんて私にはできないだろうと本気で思っていた時も、病に打ちのめされていた時も、自己嫌悪に陥っていた時も、何もかもが上手くいかないと自暴自棄になっていた時も…

私の枯れそうなこころは、枯れる事のない湧き水の在り処を知っていた。

そしてどんなときにも、たったひとつ消えない光があった。



それによって、死んでいたような私が、変えられて今、節目の30歳を迎えた。


…今まではあまり、こういう話はしないようにしていた。ただでさえ変わっているとみられがちなのに、人にどう思われるかと思うと、嫌われるのが怖かったからだ。だから、比喩だったり曖昧な言葉で表現したり、作品にして表現する事程度にとどめていたところがある。


けれど、昨年11月に腫瘍が見つかった際(悪性にはなっていなかったので心配無いのだけど)地獄のような痛みを経験して、その時に人生で初めて本気で「死ぬのかもしれない」と感じた時、ああ、私は周りの大切な人たちに、伝えたいことのうちの一握りも伝えられていなかったなあ、悔しいなあとただただその事だけを強く感じた。それ以降、もう、自分がどう思われるかとか、そんなことは後回しにしてでも、私の持っている「無くならない希望」について、人生の「敵」との戦い方について、いのちが続く限り、臆せずに愛する人たちに伝えたい。私には誇れるものは何もないし人にあげられるようなものも何もないけれど、唯一の宝物がそれなので、独り占めしたくない。人生で迷ったり、目的や希望を見失っていたり、信じられるものを探している人の、選択肢の一つになればいいと思う。自分論とか正義()を振りかざすつもりはないし、これはビジネスじゃないから。「キリスト教」を勧めてるってことじゃあない。もっとずっとシンプルな事。





最近本を読んでいてこんな一節に出会った。

「プレゼント(present)という言葉の語源は。ラテン語のesse(= to be)にある。つまりプレゼントとは「生きている」ことであって、存在(presence)そのものが贈与であるということ。なにをくれるとか、してくれたということ以前に、双方が互いに「いる」状態を更新すること。より「いる」ようになることが、贈り物の本質的な役割なのだと思う。」(西村佳哲 著「自分をいかして生きる」より)

これは私の信じているものと完全に一致する真理だ。
そして誕生日を迎えて改めて、誰でもただその存在が、プレゼントである事を想った。


私はこのいのちを与えられて、同時に私の存在がプレゼントとして誰かの為に「在る」ことを今、嬉しく思う。こんな日が来るなんて、10年前、20年前は想像もできなかった。だから、私は、自分をちっぽけに悲しくおもうすべての人へ、あなたの存在がプレゼントだということを伝える為に、これからの人生を生きていく事と、誰かがなんとなく落ち着ける居場所を作る、という事が今後私の一番大切な仕事だと、そう思ってる。




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あらゆるときを越えて来た愛する両親と妹、最愛のパートナーくま氏、人生の先生や先輩方、大好きなお友達のみんな、私の作品や活動を見守って楽しみにしてくれている人、今まで出会ってきたすべての人たちが私にとってのプレゼントで、かけがえのない存在。


ほんとにありがとう。


これからどんなことがあっても、歳を重ねるたびに
もっともっと自由になってゆく私を、見ていてください。

shalom!ののこより。






「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」

(聖書ローマ8:28、12:15より)